高校サッカーでの理不尽な指導。メディカルな立場から出来ることとは?

学生

今回は少し気になった、というか以前から気になっていた内容に触れている記事を見つけましたので、読んだ感想を少し書いてみたいと思います。

以下のページの記事から引用です。

 

体罰、しごき、イジメ……理不尽な指導はなぜなくならないのか?「育成」のあるべき理想像を考える : ジュニアサッカーを応援しよう!

「理不尽な指導はなぜ無くならないのか」。とても難しいテーマです。スポーツは人を幸せにするものであるべきだと私は思っているのですが、その競技に必死に取り組んでいる若い世代の人たちが不幸になってしまうこの状況は、なんとも悲しいことです。

 

良い厳しさとそうでない厳しさ

私自身、サッカーを始めたのは20年程前になります。中学では先輩が厳しく、高校では先輩も監督も厳しかったという環境でやっていました。当時の自分には相当ハードな環境だったという思い出がありますが、それでもサッカーを嫌いにならずにいられました。もちろん辛いと感じることも多く、別に毎日ニコニコ笑ってサッカーができていたわけではありませんが、そこに理不尽さを感じることはなく、厳しくされる原因が明確だったのと、それを自分の中に探すことがなんとか出来ていたからだと、今になって思います。

当時の監督のさじ加減のおかげでしょうか、厳しい思いをしつつも、高校サッカーで燃え尽きることなく、大学に行ってもサッカーを続けたいと思いながら卒業することができました。

先ほど引用した記事を読むと、あくまでも私の当時の環境が少し恵まれていただけで、実際は理不尽な指導というのはまだまだ行われているところは多いということに気づかされます。

理不尽イコール厳しい、ということでは無いと思います。甘えを認めない環境は必要だと思いますが。どうにも「良い厳しさ」と「そうでない厳しさ」があるように思えます。

 

サッカーをはじめスポーツはストレスフルなものだけれども・・・

このブログでも何度か取り上げている「Football Braining」を考えたレイモンド・フェルハイエン氏は「サッカーはストレスが生じるものである」としています。

そうです、サッカーとは対戦相手もいて試合中、選手は常にストレスに晒されています。そのストレスに飲み込まれて本来の力を発揮できないというのは問題ですから、指導者はそこをトレーニングすべきだとは思います。

ですがそのために不必要な走り込みを繰り返したり、心を鍛えるためだと言ってそれがエスカレートすることは、正しい方法では無いと思います。

理不尽な指導を肯定する大義名分にもいろいろあるでしょう。しかし、それらを達成するために理不尽な指導しかないというのであれば、それはひょっとしたら指導者の怠慢とも言えるのかもしれません。きっと他にも方法があり、試行錯誤してより良い方法を見つけようとすることが、大切なのではと思います。。

 

メディカルの立場にいるからこそ、自分に出来る事とは

サッカーを好きな全ての人が楽しんでサッカーをできるように、メディカルの分野からサポートし続けるのが私の夢でもありますが、それなら私にはいったい何ができるのでしょうか?

とりあえず今思いつくこととして、ゲーム体力を付ける目的として、結果シゴキの手段となっている「走り込み」は本当に必要なのかという問題提起や、それに代わるコンディショニング方法、「サッカーのピリオダイゼーション」についてより一層学び、発信すること。

さらに、ストレスに弱いこと、心の面が弱いことを克服することが過度に厳しい、理不尽な指導の目的となるのであれば、心=脳も身体の一部としてコンディショニングできるとする「Football Braining」をより学び、試合に勝つために心の面はどのように指導していくべきなのか、一つの方法論にたどり着ければと思っています。

実現可能かどうかはまだまだ未知数ですが、メディカルの分野の人間としてこの現状の改善に貢献できる部分かも知れないと思うと、取り組む価値のあることだと思います。

 

Yasu


PAGE TOP