育成年代のテーピング その② ~育成年代は小さい大人ではない~

キネシオ

前回の記事では、以下の記事を読んで、育成年代にテーピングをして痛みを我慢させた状態でプレーするとどうなるか、ということについて書きました。

【特別対談】加部究&幸野健一:理不尽が横行する高校サッカーの非常識。真の「プレーヤーズ・ファースト」が浸透するために必要なこと(その4) | フットボールチャンネル

 

 

 

育成年代のテーピングについて その①~テーピングは痛みを誤魔化すためのものではない~| フットボールノコトバ。

 

今回はその続きで、育成年代の身体にそのような状態でのプレーを強いると、どのようなことが起こるのか、ということについて書いていきます。

 

なぜ育成年代で無理なテーピングはだめなのか

なぜ、育成年代ではテーピングをしたままプレーするのはよくないのでしょうか?

まずはじめに、テーピングをして痛みを誤魔化していい年代というのは基本的にありません。子どもだろうと大人だろうと、望ましくないことに変わりはありません。

ではなぜ今回育成年代を取り上げたかというと、大人と子どもでは明らかに身体の作りに違いがあるからです。そう、子どもには【成長期】というものがあるのです。成長とはすなわち骨の成長であると言われるように、育成年代の選手の骨は日々成長しています。その骨の成長に筋肉や神経系が追いつかないほどです。成長痛や、身長が急激に伸びたことによって本来持っていた技術が一時的に発揮できなくなるといった現象は、このためだと言われています。

骨の成長は、骨の両端の【成長軟骨】という部分で起こります。骨の両端ということは、関節の近くということですね。関節周りの怪我に対し、テーピングで痛みを誤魔化してプレーしてしまうと、この成長軟骨に過剰な負荷がかかって軟骨の損傷につながったり、成長そのものに悪影響がある場合もあります。怪我した関節をカバーするために負担が増えたほかの関節でも、同様に危険性があります。

有名なオスグッド・シュラッター病も、大腿四頭筋の張力に脛骨(すねの骨)の膝側の骨端が耐えられなくなって起こるものです。

自身の筋力によってだけでも怪我が発生してしまうのが、成長期の身体です。そこにテーピングで関節の動きの制限という余計な負荷を与えた状態でプレーすれば、身体の状態は悪くなりこそすれ、良い方向にはきっと向かないでしょう。この成長期という状態を考慮に入れたうえで、指導者やメディカルスタッフはトレーニングやリハビリ、コンディショニングを行っていかなければなりません

もう一度、誤解のないように書いておきますと、大人だったらテーピングで痛みを誤魔化してもいい、と言っているわけではありません。ですが、極端な話プロ選手では選手本人とメディカルスタッフやコーチングスタッフとの話し合いがあったうえで、やむなく決断することもあるでしょう。それは、その選手が自身のサッカー人生をどのように歩むか覚悟を決めたうえでの決断であると思います。ですが、育成年代の選手は身体が成長期であることからもわかるように、どのような選手になるか、多くの可能性を秘めています。もちろんどの選手にも伸びる可能性はありますが、少なくとも、身体の成長が止まった選手と比較すれば、今後どのような身体が出来上がり、そこにどのような技術やサッカーの上手さが伴って、どのような選手になるか予測することはとても難しいでしょう。そんな時期に今後のサッカー人生を左右する決断をする、というのは少し違うと思うのです。そこに高校サッカー選手権といった大きなイベントがあったとしても、です。

 

育成とは【育て伸ばすこと】

この問題のキーポイントになっている、育成について、もう一度見つめ直してみましょう。

日本サッカー協会のHPにこのようなページがあります。

選手育成のコンセプト|選手育成|日本サッカー協会

 

指導者講習といった過程でこれらのことに触れる機会はあるかと思います。特に長期的視野での育成という部分は、まさに育成年代の選手が怪我をした時に周りの指導者がどう対応するかの大事さを物語っています。

人間の器官・機能の発達速度は一様ではなく、子どもは大人のミニチュアではない。

この一文は、分かっていても、忘れがちになってしまうことではないでしょうか?育成とは、選手を育て伸ばすことで、決して先の可能性を狭めることではない、ということです。つまり、選手のその先の選手生命を縮めるようなトレーニングや今回のようにテーピングをして無理してプレーすることを認めることは、育成という面には合っていないと考えるべきでしょう。

現在の日本サッカーでは、高校サッカー選手権などのイベントが到達すべきゴールとして目を向けられがちです。ですが人生を通してずっとプレーし続けられることもサッカー好きの人にとっては大事なことなのでは、とも思います。私のようなメディカルの人間にできることは、そういった晴れ舞台を目指す選手をサポートしつつ、それを目指したがゆえに怪我などでサッカーを諦めざるを得なくなった、という悲しい結果だけは生まないように日々精進していくことだと思っています。そのために私は今自分がいる場所で学び、成長せんとしているのだと、今回ブログを書いていく中で改めて感じました。

 

 

Yasu


PAGE TOP